私自分に耳を傾けて話を聞いてあげよう・・クリシュナムルティー

2026/02/22(日)
私自分をしっかりと抱きしめよう。

私自分に愛を注ごう。

私自分にありがとうございますと感謝しよう。

私自分を許そう。

私自分に御免なさいと言おう。

私自分に耳を傾けて話を聞いてあげよう。

私自分と一緒に悩み恐れ苦しんであげよう。

私自分を助けよう。

私自分と一緒にいてあげよう。

そして私自分を礼拝しよう。

この悩み苦しみ行為する私自我とは私自身なのだから・・。

この悩み苦しみ行為する私自我とは起こっている肉体とその脳のこと。

そして、それに対する記憶の反応である「肉体と共に形成されたエ

ーテル複体や思考体や感情体」という幽界や霊界での身体が起こ

している思考のこと。

更に、その記憶と同一化しているのが「霊魂に繋がる眠れる私」・セルフ

エピグノーシスの反応のことなのでありましょう。



ですのでこの同時に存在し複合している私を全て受け容れ

この私の運命、出来事、思考や感情や行為の全てを受け容れ、

一緒に悩み苦しんであげよう。



・・しかし、この自分に耳を傾け、自分を愛し、自分に感謝

している私とは一体誰なのだろうか?・・



私が思うに、この自分に感謝している私は、受動思考ではないが

受動思考に染まり一体化している「霊魂と繋がる私」・能動思考

の私なのではないか?周囲に波動を発信しているこの私の事だ。


けれど、その私は霊魂である観照者の私ではないと思っています。


私達は複合存在であり、自分は物質界にいると思っていますが、実は

目が開いていないので知覚出来ないだけで現在同時に幽界や霊界や

高次元界にも存在しているのではないでしょうか。


肉体の成長と一緒に形成された四次元や五次元の身体、即ち物質界での

エーテル複体、そして死後の幽界や霊界でも機能している幽体や霊体。

そしてそれらとは異なっている「霊魂と繋がる私」の身体である未形

成のサイコノエティック体の夫々の状態、発達段階はそれぞれ異なる

のでありましょう。




クリシュナムルティーはいきなりそれらの三界というこの此岸次元を

超越した彼岸という実相界から私達に高次の教えを述べられます。

「見るものは見られるものである」と。

「観察者は観察されるものである」と言い。恐怖を見ているもの

はその恐怖であり、自我を見ているものは自我であると言っています。

ですので、その「見るものは見られるものである」ことを知覚してい

る私こそが観照者(意識の座・鏡)であり未知なる霊魂の私なので

ありましょう

なので私を見て観察している・・その観察者の私を更に自他の分離が無い

意識から観照しているのが観照者と言うことなのでありましょうか。


三次元の物質界を見ているのが思考の記憶である四次元の目であり、

さらにその四次元を観察しているのが「曇った鏡の状態」の五次元の私

であり、五次元を思考なく見ているのが意識である未知なる観照者

(澄み渡った鏡の意識)の六次元であり、この五次元を見て

いるのが自他の分離が無い、「主体は客体である」と言っている

六次元の神の子の本当の私なのでありましょう。


・・なので、この私自分(記憶の反応・現在のパーソナリティー)を

許し、愛して、私自分を観察している私とは「霊魂と繋がる私」が

一体化してい私自分(記憶の反応・現在のパーソナリティー)なの

でありましょう。


だからクリシュナムルティーのいう「見るものは見られるものである」、

「観察者は観察されるものである」ことを本当に実際に知覚している

者とは、霊魂の私、神の子の私、「見る者と見られるものが分離して

いない観照者の私」、未知なる高次の私なのではないでしょうか?





※以下の私で私は構成され、この複合する夫々のわたしが受信器

そして送信器として・・〈自分・エゴ・分離する私がいる限りは〉・・

〈それぞれの私の周波数・波動が変わらない限りは〉・・自分や周囲に

害悪を垂れ流し続けています。その周波数・波動を決めるのは現在の

パーソナリティー・セルフエピグノーシスの能動思考と能動行為なのです。



A:「条件づけされた脳の私」、カルマやDNAに従って衝動と本能
  
  で行為する肉体の私。(三次元・物質界・五感覚)


B:脳の記憶の私(この起こっている衝動と行為に反応する)である
  
  現在のパーソナリティーという自我の私、受動思考の私。

  (四次元界・幽界・霊界・超感覚の私。肉体からの思考体・感情体)


C:それを見ていて受動思考に混濁し記憶に染まっている「眠っていて
  
  開眼していない私」「霊魂と繋がる私」(セルフエピグノーシス)

  の能動思考及び能動行為の私。(五次元界・意識・鏡)。(想念形態

  ・エレメンタルを作り出す私)(表面意識の私)。


D:それを観照している未知なる霊魂であり、神の子の私の高次

  思考の観照者(鏡)の私。(高次元界・超意識・自他の分離が無い

  高次の私・霊魂)

という夫々の私が同時に混在し私達の内面を構成していると考えて

おります。




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