知覚の階梯(次元若しくは波動の階梯)

2026/01/14(水)

私達の知覚や認識は覚者達の知覚とは大きな違いがあります。

見えている内部世界も、そして外部世界も全く異なっています。

それは覚者と私達では進化(深化)の段階が異なり、知覚認識のレベル・

次元・波動が異なっているからです。何故なら覚者達は条件付けられている脳

の条件付けから解放されて、高次元を知覚出来る脳へと進化し、霊的諸体

が発達して、その霊的諸体の機能で知覚し行為できるからでありましょう。

(夫々のその意識段階・波動・次元など、と言葉は違っても同じことを

指します)一方、私達「霊魂と繋がる私」は依然として眠ったままです。

 

 またエレブナでは

「無数の天体が見えますが、それらは全て私達の内側にありますが、

私達が認識していないのです」と言われます。

 

この言葉は私達人類は「無意識的意識段階」にいるので、記憶の反応しか

知覚することが出来ませんので、全く何を言っているのか分かりません。

・・かく言う私もそうです。

 

しかし、このエレブナが示すような観照者の次元の意識(波動)状態から

見れば、クリシュナムルティーが言う「私は世界である」も何となく推測

できるのではないでしょうか?


さて、この深化へのプロセスを歩んでいるのは誰でしょうか?それは

勿論この私のことでありましょう。ラーマクリシュナなどのアドヴァイタ

では、この個人の私とは実際には神の演技であって、私が呼吸して行為して、

思考して人生を生きているのではなく神が私として個人の私として演じて

生きておられるのだと言われています。この個人は私の主体ではなくて神が

主体だというのです。それを聴いて勿論、私達は、肉体は自分の肉体であり

自分が行為して、自分が自分の人生を懸命に努力して生きていると思っていま

すから私達にとってはそれは受け容れることは出来ませんし、自分が以下の表に

示される意識の階梯を歩んでいるという、死後も生き残るこの私のことを

アドヴァイタの「私は神の演技だ」等という教えなどは全く受け容れられないで

しょう。その誤解は「神の演技の私」と、知覚されていないが「霊魂と繋がる私」

との混同にあると思えます。この「霊魂と繋がる私・神の子」は未だ目が醒めてお

らず眠っている状態なので既知の私であるこの「記憶の私」即ちこの私達にとって

は「霊魂と繋がる私」とは未だ「未知なる私」のことです。

なので、生きて思考し行為しているのはこの個人の私ではなくて、真の私とは個人の

私を演じておられる神であり、神が心臓を動かし呼吸し、経験し、思考し、

行為し、殺し殺され、悩み苦しみ、希望し、絶望し、この個人の私として

幾多の人生を歩んで輪廻し生きて演技しておられるというのです。

その演技の私を未知なる「霊魂と繋がる私」は自分だと錯覚しているのだ!と。

この個人・人格の私は私のものではなくて神のもの、神の演技だ!といわれるのです。

この悩み多き私とは私が生きているのではなくて神が私達の個人個人の私として生きて

おられると言うのです。


私が考え行為しているのではなくて、思考も行為も神が起こしており、それをこの

私即ち記憶(人格個人)が自分が思考し行為していると錯覚しているのだというのです。


そして、さらに、その未だ目が醒めていない「霊魂と繋がる私」はその記憶の私と

一体化してカルマの中を生きているのであります。それ故に目覚めていない「霊魂と繋

がる私」は行為しておらず、思考していないというのです。



《知覚と意識の階梯》          

「霊魂と繋がる私」即ち鏡である私達の意識状態の段階(セルフエピグノーシスの段階)


通常私達「霊魂と繋がる私」は、脳と結合し一体化しているので、脳と潜在意識の記

  憶の反応しか知覚していません。通常私達の思考は脳の限定された知覚を基底として

いるため、この知覚以外を知ることは出来ないのです。

  これ以上の高次の知覚、それは超感覚や超意識の事ですが、その高次知覚は私達のサ

  イコノエティック体が再形成されていない限りは認識出来ないのです。私達の文化や

  科学も三つの脳及び潜在意識の記憶(受動思考)に限定されてしまっています。私達

  のサイコノエティック体が再形成されていない限りは私達の思うこと行うことのすべて

  はこの記憶の反応(自他の分離)といえます。


                                                        

E   本能的自己意識段階 ・・動物的・本能的思考や行動      

※「霊魂と繋がる私」は完全に動物脳に一体化している本能

的状態。                                                 

                                                                             

D   潜在意識的自己意識段階 ・・受動思考・受動行為

(日常の覚醒時及び夢見時の意識)

※「霊魂と繋がる私」は脳及び脳が受信した記憶と一体化して

いる。私達人類の社会、文化、システムはこの記憶によって

成立している。カルマ・DNAによってプログラムされ起

こっている出来事や行為、思考を私が思考し行為してと錯覚

しているのが記憶であり、「霊魂と繋がる私」はこの記憶を

自分自身だと固く信じ込んでいる。"                                                  

                                                                             

C   意識的自己意識段階 ・・能動思考・能動行為    

※「霊魂と繋がる私」のサイコノエティック体は形成されていない

が若干動き出している段階。「霊魂と繋がる私」の意識と従来の

記憶からの受動思考や受動行為が混合している段階。この段階で

は正しい思考、正しい行為、五正行が推奨される。意識を徐々に

使用できる段階。意識を拡大し照射することが出来る。                                                   

                                                                             

B   超感覚的観照者意識段階 ・・超感覚的思考・高次思考/超感覚的行為・高次行為

※「霊魂と繋がる私」のサイコノエティック体が再形成され「霊魂

と繋がる私」は本体である霊魂の意志によって思考や行為が使

用できる段階。三体が整合しつつある状態。従って行為は「私

はなにもしておらず、内なる神がそれを為すなり」となる。                                              

                                                                             

A  超意識的汎意識段階 ・・ 霊魂による超越思考・超越行為・超越次元の知覚

※「霊魂と繋がる私」が私の本体である自他の分離が無い霊魂に繋

がり、肉体、霊的身体、と霊魂が統合し、本体の私即ち霊魂の

私(インパーソナルの私)が知覚し思考し行為している。この

超意識で見たとき「見るものは見られるものである」、「主体

は客体」である。となって「私はあなた」「立ち向かう人の

                                    心は鏡なり己の姿を映してや見ん」等の超知覚となる。     

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