神聖幾何学 ヴェシカパイシス
この図は古代キリスト教に於けるキリストのシンボルでも有りました。
フラワーオブライフもシードオブライフも沢山のヴェシカパイシスに他なりません。
このヴェシカパイシスはまた「自他一如」「見るものは見られるものである」及び
「立ち向かう人の心は鏡なり己の姿を映してやみん」を現しています。
左右の円はそれぞれ私とあなたであり
左右の円の中心(霊魂の私)は円周であなたの中心と交差しています
このヴェシカパイシスが示すそれは
私はあなたであり
私主体はあなた客体(対象)であり
見る私は、見られているあなた(私)であり、それが私なのです。
ですからこの図が示しているように
私とあなたは合わせ鏡、同じ神の子、私達は同じ天照大神の御分霊。
神道が言う「立ち向かう人の心は鏡なり己の姿を映してやみん」であり
アドヴァイタが言う「見るものは見られるものである」
なのでありましょう。
これは神聖幾何学のヴェシカパイシスで構成されているシードオブライフです
仏教の大日如来の金剛界曼荼羅やヒンドゥー教やイスラム教などのシンボルと共通しています。
これらの図が示していることは
自己観察⇒自己想起⇒自己実現で完結ではなくて、禅の十牛図が示しているように
「現象は無である」と現象世界を超越した後にさらに再びこの現象界に対して実相を
齎すこと。現象界と実相界が等しくなることを。全ての人が自己実現することを齎すこと。
「霊魂と繋がる私」が霊魂と繋がって自己回帰、自己実現を果たしたならば更に再び
「三体整合」へと進んで、全ての人の「霊魂と繋がる私」が真我と一つになるように
尽力することなのではないでしょうか。
一切衆生が自己観察⇒自己想起⇒自己実現⇒すべての人の自己実現「三体整合」へと
「願わくばこの功徳を以て遍く一歳に及ぼし我らと衆生皆共に仏道を成ぜんことを」
を齎すよう実践することなのではないでしょうか。・・私達は一つなのですから。