ジョセフベナーは
【私達は「一日」の終わりに「眠り」に就き、そして「起きる」ということを
繰り返していますが、あなたは朝、「私は目が覚めた」と思っていますが、
実際には、まだ夢の中にいると言うことです。
地上では、実に多くの出来事や事態の変化があったように見えますが
それらは全てが夢なのです。
あなたが自分の中にこそ、神がいるのだということを完全に自覚した
ときに、はじめて、この夢から覚める事になるのです】
と教えています。
この「インパーソナルライフ」という超高度の次元のおしえを理解するために、
はじめに私達人間の構造自体を知る必要が有ります。
この教えは○○しなさい、○○してはいけない、という一般向けの教えではなく、
出家求道者向けのアドヴァイタ(自他一如)の教えであることを初めにお断りし
ておきます。
大雑把に言って人間は
D:肉体と肉体と一緒に形成されるエーテル複体。それは私が身に纏っている衣・外套。
(予定された、ある特定のカルマ・DNAなどのプログラムに従って形成された胎児に、私達は
呼吸と一緒に肉体と頭脳とエーテル複体とに結合し、その肉体に必然的に起こってくる出来事
、才能、障害、人生ドラマなどを経験する)
C:脳が受信した思考や感情や欲望の記憶帯。それは私が自分だと錯覚してしまっている思考のこと。
(私である魂の表面意識に覆い被さっている自我。思考と行為と欲望を持つ人格個人のこと。
この個人とは個人だと錯覚している私という観念であり、地球を覆い包んでいる想念帯)。
(神がこの各個人という自我『実は記憶の反応』を使って行為し思考しているので、自我は私達
である「魂からの私」のコントロール下にはない)。
B:肉体と脳に結合した私達である未形成のサイコノエティック体(魂と繋がるコーザル体)。
この私は私は神の子であるのに私は「私が身に纏っている肉体や思考」を自分だと錯覚している。
通常私達が自分自身だと確信している私とは私ではなく、私を覆い包んでいる想念帯である。
A:「魂からの私」思考や感情や行為や自我ではない「透明な鏡である私」。観照者としての私。
しかしながら私達はこの自分自身を知らず、記憶の反応を自分だと錯覚している。
未形成の私達のコーザル体(原因体)が繋がっている私(IAM,霊魂、観照者・神の子)。
そしてそれは未知なる大生命・サムシンググレート、神、大叡智、ゼロポイントフィールド、
量子、素粒子、空、絶対、創造主、神我、真我、源泉、根源などと異なる呼称でいわれている。
私達は本来はAという意識であり量子であってもB~Dの多くの異なる波動・次元・思考で構成され
ています。
現在の私達地球人類は宇宙の中でも非常に未発達で最低の段階(次元)にいます。
現在の私達地球人類はこの段階では宇宙の兄弟達とのオープンコンタクトはとても不可能です。
視覚に関して言えば、肉体の目や、網膜上の知覚は機能しているのですが、魂の持つ霊的身体が
成長していないので、霊的身体の目や更に高次の魂の目は閉じられたままです。なのですから私達は
肉眼でしか見ることが出来ません。
そして肉眼で知覚しているので、自分を固く深く「自分は肉体だ」と実感し錯覚しています。
肉眼で知覚出来るもの以外は否定し、この知覚では認識出来ないものの一切を否定してしまいます。
また同様に思考に於いても、脳が条件付けられているので、その周波数帶の受動思考しか受信し
知覚出来ないにも拘わらず、愚かなことに私達は高次の思考や自分自身そして宇宙の兄弟を知覚
認識できないので否定します。
私達の現状に於いての視覚とは実は肉眼による「脳内での視覚」だけであって、正しく世界を見
ているわけではなく、見ることが出来る魂の目としての視覚は全く機能しておりません。
霊的諸体の再形成がなされていないので高次の思考、高次の感情を知ることが全くありません。
条件付けられている脳が受信した思考の記憶しか知覚出来ないので、科学的に、科学では
解明することが出来ないことは未解明とするべきにも拘わらず、無知蒙昧で傲慢な私達人類は
最低レベルの思考で以て分からない事のすべてを非科学的と称し探求もせず否定してしまっている
ことの愚かさにすら気が付かないのです。
条件付けられている脳が世界を見ているのです。
そしてその脳が受信した思考の記憶が世界を創っています。
その記憶の集合体が私自分だと思っています。
その思考の記憶であるこの私とは、私を詐称する私、即ち神の演技である自我・人格の私なのです。
この自我を使って神が生きておられるのです。
というのも、魂からの私は肉体に結合して脳と一体化しており、且つ魂の持つ霊的諸体の
目は閉じられたままで働いていないので、私達の目・意識とは閉ざされたままであって機能せず
肉体の目(脳による視覚)でしか見ることが出来ない状態にあります。
そしてこの肉体の目の視覚とは条件付けられた脳の一部なので、私達は条件付けられている
この脳の知覚だけで「自分が見ている世界が全ての世界なのだ」と錯覚し、五感覚を超えた超感覚
や、脳による視覚以外の超知覚や超意識があることを全く否定してしまっています。
私達人類は脳の知覚だけで、それ以外の高次の知覚があることなど全く知覚していませんし、思う
こともありません。なのに、それなのに、傲慢にも自分が知らないことは全て否定するのです。
私達が見ている世界とは、魂の私が見ている世界ではなくて脳が知覚し、脳が見ている
脳内世界なのです。脳の記憶による非現実世界即ち夢の世界なのだということでありましょう。
私達が脳の知覚による世界ではなくて、現実の世界を見ることが出来るためには私達
は自分自身である魂の目を開く必要が有ります。
私達の魂の目が開いていないということは、霊的な目で以て知覚できる霊的諸体が形成
されていないということなので、テレパシーやテレポテーション・バイロケーション
・遠隔治療・物質化現象等々この私達の現状ではそれらが不可能であり、
目は閉じられていて、真実の世界を私達は見ることが出来ていないのです。
私達はいくら転生を重ねていても目は閉じられたままであり開いておらず眠ったままです。
それは、私達である目、霊的諸身体即ち思考体、感情体が未形成でその意識や知覚
それ自体(セルフエピグノーシス)が眠ったままであり、眠ったままこの
脳と結合し一体化してしまっているのです。
私達は脳が知覚する世界しか見えていませんし脳と合体しているので、当然のことな
がら脳が眠ってしまうと私達である魂からの意識も一緒に眠ってしまいます。
睡眠中は夢の中で、霊的諸体は異なる次元に行って色々と体験しても、その体験を
認識すべき私達セルフエピグノーシス(意識)は脳と一体化し、且つその私達セル
フエピグノーシス(意識)と霊的諸体と繋がるコードも塞がっているため、睡眠中
は何も知覚出来ず眠ってしまっているという最低の段階の状態なのでありましょう。