この世には偶然ということは何一つ存在していない・・日月神示

2023/09/18(月)
この世には偶然ということは何一つ存在していない・・日月神示



この世には偶然と言うことは何一つ存在していない。

この偶然というものはないという真理を見る事が大切である。

高いところから(神界・天界から)来たるので人間には偶然や

奇跡と見えるのである。

それは神からの現れであり、その手順が現界の人間には全く

分からない為にその様に偶然と見えるだけである。

それが判れば大安心、大立命である。



神的自分が本守護神であり

霊的自分が正守護神である。

また幽界的自分が副守護神である。


本守護神は大神の歓喜である。

・・日月神示より


インドの大聖ラーマクリシュナは次のように教えておられます。

人は純粋精神によって動いているのです。

その純粋精神によって、あらゆるものが物質に至るまで存在してい

るのです。

その純粋精神によって手も足も、身体も動いているのです。

人は身体が動いているのだと言いますが、

しかし

あのお方(神)が動かしておられるのを知らないのです。

 

 

人は感覚器官などが、それぞれ自らの力で働いて動いているといいます、

しかし、内部にあの純粋精神であるものが有るということを考えません。

 

 

この「私」・自我とは、あのお方自身が置いておかれたのです。

この自我・私とは、あのお方の遊び、

あのお方の遊技です。 

 

 

前に進めば進むほど、神の形(限定的制約)を見ることが少なくなります。

近づけば近づくほど、神の属性(マーヤ)は減っていくのです。

更に近づけば、そのときには、光の中に光を見るだけで、もうどのような限

定的制約(形)もありません。

 

 

神に心を置く、そのような人こそ真の人間です。

更には、神聖な意識を持つ人、たとえば、神の意識のある人、純粋精神に目覚めてい

る人、そのような人たちは、神が真実で、その他一切は無常である。

と、間違いなく知っています。

 

 

あのお方は、あなたの見ているすべてになっておられるのです。

 

 

あのお方は常住不変ですが、実は現象界とは、あのお方のリーラ・遊戯です。

あのお方のリーラ・遊戯が、実は常住不変のあのお方なのです。

絶対者を除いて、相対界(神の創造・宇宙の顕現は神のリーラであること)を理解する

ことはできません

 

 

 

私という意識があるあいだは、どうしても相対界(転変の世界)を棄てることは出来

ません。

これではない、これではない、と否定を重ね、

瞑想のヨーガによって、人は実体・ブラフマンに到達することが出来るのです

 

 

世界は、あのお方そのもので満ちあふれています。

見るもののすべては、あのお方自身がなっておられるのである。

その中のどれを捨て、どれを受け入れたらいいのかと、決めることなどは出来ない。

 

 

あのお方ご自身がすべてなのです。

神は自らの生きもの、宇宙、それらすべてになられたのです。

完全なる神の叡智を持つようになれば、そのときには、そのように知り、認識します。

あのお方が、思考機能、統覚機能、(器官を伴った)身体-二十四の宇宙原理すべて

になっておられるのです。






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