四つの私

2026/02/12(木)
私達地球人はこの私は自分だ、とそう確信していますが、本当にそうなのでありましょうか?

実際には私達人間は「霊魂と繋がる私」なのですが脳と結合し脳の記憶の反応と混合している
複合的な状態なのではないでしょうか。
「え?私達は「霊魂と繋がる私」ですって?!」「それはこの現在のこの意識している私の事?」
「私達は現在のこの意識し意識されている私を「霊魂と繋がる私」だと思い込んでいますが、そう
ではありません。」
この現在の意識しているとは正確に言えば意識なのではなくて思考しているのであり、その思考と
は脳が受信した想念のことです。
「霊魂と繋がる私」とは現在の私、即ちこの脳の記憶である思考なのではありません。この私は
意識ではなく思考の反応です。
現在、意識し意識されている私は「霊魂と繋がる私」ではありません。日常生活での私達の意識とは
意識ではなくて条件付けられている脳の反応即ち思考に過ぎません。
現在のこの意識し意識されている私には自分自身である「霊魂と繋がる私」は未だ意識されていません。
何故でしょうか?
それはこの「霊魂と繋がる私」は覚醒しておらず眠っているので自分自身を知ることができないから
なのです。
私達は自分自身を知覚認識することが出来ないのです。
なので脳が受信した記憶の反応(この私)が既往の反応を自分自身だと知覚しているわけです
では何故、このように錯覚していることに気が付かないのでしょうか?
それは「霊魂と繋がる私」は未だ眠りから全く目覚めていないからです。
私達は自分は目覚めていて、この意識は自分の意識だと信じていますが、実際にはこの自分
の意識と思われているのは記憶が起こしている条件反応なのであって、意識ではありません。

この自分の意識と思われているのは意識ではなくて思考です!
意識ではなくて脳が受信した記憶の反応です。
この記憶の反応が毎日の生活を営んでいるのです。
自分の意識は未だ目が醒めずに眠ったままなのです。

では眠ってる思考のあなたが何故自分は思考ではないと言えるのですか?
この私以外に「霊魂と繋がる私」がいると思うのでしょうか?

・・それは目が醒めている覚者達の言葉を基準に思考し現在の私達の状況を推測すれば
分かるのです。・・・覚者の言葉を信じているからです!!


なので、一般的で標準的な私達の意識段階は以下の①~④の分類では②の「記憶の反応の私」
です。私達は本来は「霊魂と繋がる私」なのですけど「霊魂と繋がる私」は殆ど眠ってしまって
いる状態であって私達に於ける自己、私自身、自分だと意識されているこの私・自分とは「霊魂
と繋がる私」の意識ではなくて「脳が受信した思考」の記憶の反応なのではないでしょうか。

「脳が受信した思考」の記憶が毎日の日常生活で悩み、考え、欲望し、行動し、夜には眠り、そ
して夢を見て、朝には再びベッドから目を醒まし、仕事や家業や勉学に従事しているのです。

私達の脳は条件付けられているため、脳が受信する思考、その思考である自他の分離、その
その思考を私達は自分だと錯覚しています。脳がチューニングされ受信した思考が、
自分は思考者で自分は行為者だと錯覚しています。私達は肉体に入り脳と結合しましたが
私達は「霊魂と繋がる私」です。私達は黒住宗忠師がいうように天照大神の御分霊なので
あり神の細胞・神の子・生命・意識なのではないでしょうか。

その四つの私とは

①脳の私(脳が受信した思考。脳が行う行為。脳が知覚している認識。)
     (「霊魂と繋がる私」は自分は肉体であり、自分が思考し、自分が行為
      していると錯覚している。
      脳からの思考と行為。脳に起こっている思考と脳から起こっている
      行為。起こっている自我。)

②脳が受信した思考や行為の記憶の私
     (私達人類が自分だと思っている記憶の反応。個人人格のこの私。)
     (私達人類のいう私とはこの脳が受信した記憶の反応のことです。)

③「霊魂と繋がる私」(殆ど眠っていて意識されない高次霊的諸体の私。意識の座。)

④未知なる本体の霊魂・神の子の私(人類は全く知られていない本体の私)


ジョセフベナーはこの④の私。人類には全く知られていない本体の私から全人類に対して
以下の様に言っています。

■「わたし」は「あなた」。


■「わたしは在る – アイ・アム」と自覚する意識。この意識こそあなたの本来の自己なのです。

   これまで長い間、あなたを迷わせ続けてきた〝自分〟は、真のあなたではないのです。


「わたしは在る – アイ・アム」と自覚する意識であるとき、「そのような状態にある時、

 いかなる病もあなたに触れることはできず、誰もあなたの敵とならず、何事もあなたを

 挫くことはできません。  「あなた」の中の「わたし」こそ、神であることを知るのです。

 時が来れば、あなたが何をしていようと、何を好きになろうと、何が欲しくなろうと、

 あなたの「個人的幻想」の中を導いているのはわたしであると気付く時が来ます。

 そう、わたしはあなたの行動の全てに関わっています。深く見てみると、あなた

 の行いの全てが実はわたしによるもので、あなたの周りの人々の行いも同様であ

 る事が分かるでしょう…。あなたの中に居るのも、彼らの中に居るのも、このわ

 たしなのだから。 


■わたしは、生命(いのち)なのです。 


■あなたの身体に生命を与え、心臓を動かし、頭でものを考えたりできるようにして

 いる存在。「わたしは在る(アイ・アム)」の意識。宇宙こそがわたしの身体…、全て

 の知性体はわたしから生まれ、ありとあらゆる愛がわたしのハートから流れ出し、

 あらゆる力はわたしの意思が動きとなって現れたものなのです。

 わたしは全ての形態の創造主であるだけではなく、全てのものの中に棲まう存在

 なのです。一時的な個人性というものは、わたしと離れた状態ではそもそも存在

 しないのであり 、分離という幻想の中に生まれた個人性、全てのパーソナリティ

 というものは、神たるわたし、つまり境界を超えた無限の意識の中に、寂滅す

 るものであることを 。


■あなたが「わたし自身の意識」と呼んでいる意識全体が、実はわたしの意識な

 のです。


■あなたが人間的思い違いや思い込み、認識を暗くする意見の全てをそこから一

 掃し、(くう)の状態を保てれば、わたしの意識があなたを通して自由に表現で

 きることになります。そこであなたは内在のわたしを認識し、自身がわたしの

 意識の部分であり、わたしの表現が顕現するための媒体であるということを悟

 るでしょう。 


■そう、わたしはあなたの行動の全てに関わっています。深く見てみると、あな

 たの行いの全てが実はわたしによるもので、あなたの周りの人々の行いも同様

 である事が分かるでしょう…。あなたの中に居るのも、彼らの中に居るのも、

 このわたしなのだから。あなたが「わたし自身の意識」と呼んでいる意識全体が、

 実はわたしの意識なのです。


■あなたの身体の細胞が持つ意識も、わたしの意識だと言えるのです。だから…

 我々は、意識においてひとつなのです。細胞、あなた、そしてわたしはひとつのもの。 


■あなたは今、自分自分の身体の細胞ひとつをもコントロールすることができません。

 しかしあなたが、その自由意志において、神我(アイ・アム)の意識と結ばれ、わたし

 とひとつであるというその本性を悟った時、あなたの身体の細胞全てをコントロール

 できるだけでなく、あなたが助けたいと思う者の身体に対しても力を持つことができます。 


■空(くう)の状態を保てれば、わたしの意識があなたを通して自由に表現できることになり

 ます。そこであなたは内在のわたしを認識し、自身がわたしの意識の部分であり、わたし

 の表現が顕現するための媒体であるということを悟るでしょう。


■わたしの身体の細胞とも言えるあなたという存在は意識を持っていますが、その意識は

 わたしの意識でもあります。あなたの知性もまたわたしの知性であり、そしてあなたの

 意思でさえも、わたしの意思であると言えます。つまり、自分自身のためだけにはたら

 く意識、知性、意思というものは実は存在せず、自分だけが所有するものであるとは言

 えないのです。それらは全体であるわたしに属しており、わたしのはたらきそのもので

 あるのです。あなたがあなた自身の意思だと思っているものは、あなたという個人だけ

 のものではありません。あなたの意識、知性、身体の細胞も同様です。