棘を抜くには棘が必要
思考を抜くには思考が必要
ラーマクリシュナは次のように言っている
”足に棘がささったら、もう一つの棘を持ってくることです。
それから足の棘を抜いて、二つの棘を捨ててしまうのです。
そのように
無知の棘を抜くには、明知の棘を用意しなければなりません。
無知がなくなったら、明知と無知の二つとも捨ててしまうのです。
そのとき大明知が現れます。”
思考の停止には正しい思考を用いなければならないと言うこと。
記憶を超えるには、正しい記憶を用いなければならないということ。
正しい知覚への道は、正しく知覚を使用しなければならない。
思考の停止には正しく思考を用いなければならないということである。
そしてその道はたくさんあることだろう。どの道をも否定しない。
”「人間のなかに神を見るようになったら、完全なる知識を得る」のです。
あのお方(神)自身が、それぞれの姿で動き回っているのを見ます。
それはあなた自身。
人間の姿で、私たちのところにおられるのは、あなた(神)ご自身である。
人間だと思われているのが、実はあなたご自身である。
本当は、あなたというものは、あの至高のブラフマンである”
。
これを日々念じ、思い、行ずることが記憶からの解放に繋がっているのだと。