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ノンレム睡眠の重要性



熟睡というノンレム睡眠とは意識活動をしている大脳が活動していない心の休息状態のことで

夜、眠っていてもなかなかこのノンレム睡眠には入れません。

それに対して不十分な睡眠と言われている夢を見ているときのレム睡眠とは

眼球が動いていることからして、大脳は活動しているが

「随意筋が関与している脳」は休んでいる状態、即ち表面上での体は眠り、

体は動かないで眠っているが心は眠っていない状態。これは

マインドと連結している筋肉神経部分を司っている運動野、感覚野の脳が休息状態であることであり

自我の意識の領域野の或る部位はいまだ休息しておらず

記憶である潜在意識はせわしなく動き回っています。

さらには脳幹と中枢部が働かないときは臨終であり、

このときにはマインド・思考も生み出されないで脳幹中枢部から生命は肉体を離れます。

私達自我である「思考」も「思考の記憶」も、その思考そのものが

脳によって生み出され起こっているものであるから

すべての私達自我とは脳を生み出し働かせている根源の作品である、と言えそうです。


さてここで「私達である起こっている思考」にとっては未知なるものであるところの

ノンレム睡眠時の「超意識」「純粋意識」のことを

述べているクリシュナムルティーの言葉があるので紹介したいと思います。



『可能なかぎり、深く、充分に、各々の思考・感情に最後までついていき、

気づいていればいるほど夢は少なくなっていくでしょう。

起きている昼間の間は、

各々の思考・感情・反応に、できる限り充分に気づいており


際限なく最後までついていくこと。


それは粘り強い真剣さを必要とすることです。

あらゆる思考と感情に気づいていることによって、

できるかぎり深く、充分に、その全ての反応を感じ尽くすことによって、

秩序と明晰さ、理解が生じます。


それは気づきを大いに強めます。

それゆえ、目を覚ましているときも、夜眠っているときも共に、

夢は減少してゆき、次第に消滅してゆき、

そして睡眠が目を覚ましている時間と同じように重要になります。


と云うのは、そのとき睡眠は目を覚ましている状態を更に強化したものだからです。

目を覚ましている状態のなかで、より深いレベルに触れれば触れるほど、

ますます睡眠のなかで、意識のもっとも深いレベルを越えて存在する

これらの状態がはっきりしてきます。



そしてそのとき、

この経験が目覚めている意識的な心に深い影響を及ぼすことが分かるでしょう。

意識的な心の届く範囲より上に、

それを越えて存在するその状態を経験することは最も難しいことです。

それは無意識全体が、それ自身の中身を空っぽにして初めてあり得るからです。

深い静けさがあるときにのみ、名前を持たないものの完全な理解があります。』